身寸言己/シャキ
武士道精神ゼロな男が、 なまくら刀で社会をイマイチ鋭く斬れずじまいなコラム。

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占い
 最近…というか、結構前から『占い』がブームになっている。

 何気なくテレビをつけると、必ずと言っていいほど『占い』の番組がやっているし、雑誌をパラパラとめくっていても、実に様々な『占い』の特集が目に飛び込んでくる。もはやメディアが『占い』を取り上げない日はないと言っても、過言ではないほどである。
 おまけに最近では、カリスマ美容師ならぬ、『カリスマ占い師』までもが登場し、まさに時代は空前の占いブーム。『占い』は、いまや一兆円市場とも言われる巨大産業へと成長した。
 しかし、この占いブームに便乗した『悪徳霊感商法』に関するトラブルが急増しているという。

 例えば『お祓いキャッチセールス』。占い師や霊能者を語った怪しげな人間が、「あなたに霊がとりついていますよ」などと声をかけてきて、お祓い料を請求するというのだ。被害者のなかには、産婦人科の前で、「早くお祓いを受けないと、子供が流産しますよ」などと言われた妊婦さんもいたという。
 また、「あなた、とっても良い人相をしてますね」などと声をかけられ、話をしているうちに、なんだかよくわからないが、いつの間にか数千万円もする『お地蔵さん』を買うように迫られた…というケースもあったという。

 「つーか、なんでこんなのに引っかかるワケ!?バカじゃね?」などと思われるかもしれないが、これら『悪徳霊感商法』の被害者が後を絶たないのには、それなりの理由がある。
 最近では、『結婚や恋愛はどうしたらいいのか』とか、『離婚をするのはどうしたらいいのか』などといったことを自分で考えないで、全部占い師に頼ってしまう人が多いという。
 悪い占い師は、お客さんに「頼られている」ということを利用し、多額の料金を請求する。それでも占い師を信じ切っているお客さんは、借金をしてまで占い師にお金をつぎ込んでしまう。そして気がついたときには、もうどうにもならない……こういうケースが、実に多いのだという。
 こんなことをする占い師が悪いのは当然だが、僕に言わせれば、どっちもどっちって話ですよ

 結婚や離婚などといった、自分の将来に関わることを他人に決めてもらってどうするんですか。なんでも占いに頼って、自分で判断することを放棄する人間が1番悪い。
 人生に迷い、困り果て、他にすがるものがない。そのどうしようもない状況で、しかたなく最後の手段として占い師を頼るという人も、もちろんいるでしょう。でも、そういう状況だからこそ、自分自身で判断しないといけないんじゃないですかね?
 自分の人生なのに、その決断を自分でできないでどうするんですか。

 だいたい『占い』なんてものは、僕には信用できません
 朝のニュース番組の『今日の運勢』のコーナーが良い例です。僕はあれを見ていて、常日頃から感じることがあります。

「各番組で、僕の『今日の運勢』の結果が全部違うんですけど!」
ということである。

 もし『占い』というのが絶対に当たるものなら、どの番組でも、どの雑誌の占いコーナーでも、そしてどの占い師さんから言われることも、全て同じはずなんですよ。だけど、そんなことは1度だってない。
 要は、天気予報と一緒なんです。当たるか当たんないかなんてどうだっていい。今日の運勢を見て、良い結果だったらちょっとテンション上げて、悪い結果だったら無視すりゃいーんですよ。占いなんて、その程度のものなんです。
 だから占い師さんにも、「当たるか当たんないかは知らないけどね」的な態度でいていただきたい。占い師のなかには、よく「私はね、占いというより人生相談をしてるんですよ」などと言う人がいますが、

「あんたに何がわかるんだ!」と僕は言いたい。

 まるで、この世の全てを知り尽くし、「私の言ってることが全てだ」的な態度で、偉そうにしている占い師がいることが、非常に腹立たしい

 占い師だってただの人間です。確かに、『普通の人には見えないものが見える』という人もいるのかもしれませんが、「これはこうなんだ。だから、あなたはこうすべきなんだ」なんて、断定しちゃダメですよ

 「私にはこう見えるけど、決めるのはあなたよ」
 これでいーじゃないですか。『占い』を参考にしたり、アドバイスとして聞く分には、まったく問題ないんですから。

 とにかく、必要以上に『占い』に頼り過ぎないことですよね。

 だけどもし、
 この世に正真正銘、本物の『占い師』がいるのなら、
 僕は、どのニュース番組の『今日の運勢』が当たるのか
 是非、その占い師さんに占ってほしいですね。



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Date : 2006.07.23 Sun 16:21  未分類| コメント(1)|トラックバック(0)
北朝鮮のミサイル発射問題あれこれ
 7月5日未明。地球では、スペースシャトルとミサイルが、ほぼ同時に飛び立った。
 人類の夢を乗せるスペースシャトルと、人類を破滅へと導くミサイルが、同じ日の、ほぼ同時刻に飛び立つなど、なんとも皮肉な話である。
 不安定な国際情勢をこれほどわかりやすく示したものはない。

 北朝鮮のミサイルが発射されてから、連日、日本のメディアはこぞってこの事態を取り上げ、街では号外まで配られた。そして、誰も呼んでいないのに、街中ではここぞとばかりに『右翼団体』が街宣車を乗り回し、「待ってました!」と言わんばかりに大暴れ。朝鮮総連中央本部に押しかけ、「ミサイル撃って来いよ!日本がオマエらを潰してやるからな!」などと叫び散らし、
「いや、ミサイル来ても、アンタら(右翼)は何もできないでしょ!?」という周囲の目にも屈せず、勇ましく吠えていた。
 だが、ミサイル発射事件の陰では、さらにとんでもない事件が起きている。

 北朝鮮によるミサイル発射を受けて、日本にある朝鮮学校に『嫌がらせの電話』が相次いでいるというのである。
「オマエらの生徒、1匹2匹殺すからな、この!」だの、
「テポドンありがとな。おたくの生徒5人ばかしね、来週中に殺すから覚悟しとって」だの、
「オマエらオレの敵だ。朝鮮人帰れ!」などの暴言が、確認されたものだけでも110件も報告されているらしい。
 さらに、在日朝鮮人の小学校1年生の男の子が、男性から頬を殴られるという事件まであったという。
 在日朝鮮人の子供たちは、電車の中で友達の名前を呼べないでいるそうだ。呼んでしまうと、自分たちが『在日朝鮮人』であることが、周りの日本人にわかってしまうからだ。ミサイル発射という事態もとんでもない話だが、これはもっととんでもない話である

 北朝鮮にどんな思惑があるにしろ、ミサイル発射の指示を出したのは他でもない、金正日じゃないですか。在日朝鮮人の方々が悪いわけでもなんでもない
 ただでさえ在日の人たちは、祖国である北朝鮮が自分たちの住んでいる日本に向けてミサイルを発射したことに対して、辛い想いをしているというのに、
同じ国土に住んでいる日本人が在日の人たちを責めてどーするんですか
 そんなことをするヤツは、ホント大バカ野郎ですよッッ!怒りの矛先がまったくもって筋違い。バカとしか言いようがありません。

 「そんなバカな連中は、テポドンの直撃を受けてくたばっちまえ!!」と、僕は言いたい。
 北朝鮮にもっと高度なミサイル技術があったら、ピンポイントでその人たちを空爆してもらいたいほどです。

 真に目を向けなければならない相手には文句を言えず、周囲の手頃な弱者に対してしか文句を言えない。なんと情けないことでしょう。これじゃあ、アメリカに対して強気な発言ができない政治家と一緒じゃないですか
 そんな国民には、北朝鮮に対しても日本政府に対しても文句を言う資格なんてありません。政府が悪いんじゃない。悪いのは、日本という国に住んでいる我々そのものなんですよ。

 ミサイル発射問題に対して、日本政府は国連安保理で、なんとか全会一致での『非難決議案』にこぎつけました。でも、国連の各国は『制裁決議案』までは認めなかった。各国の利害が左右される国連では、色々な理由があったにしろ、「日本が危ないだって?だったら助けてやろうじゃないか!なぁ、みんな!」とまでは、各国は思ってくれなかった。当然です。在日の人たちに対して、嫌がらせや暴言を吐くような国民がいる国に、いったいどこの国が助け舟を出してくれるというのか。
 こんなことをしていると、在日の人たちに「ミサイルが日本本土に落ちればよかったのに」なんて本気で思われてしまう。

 『北朝鮮は、ならず者国家』などとよく言われていますが、これでは日本だって『ならず者国家』と一緒です。
 確かに、北朝鮮は国家犯罪である拉致を行い、世界中を脅威にさらすミサイルまで発射したとんでもない国です。
 いまは批判されて当然ですが、将来、日本人から暴行を受けた在日の子供たちが大人になったとき、彼らがそのときの恨みから、「日本人が嫌い」という理由でミサイルを撃って来たとしても、日本人はなんの文句も言えないでしょうね。



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Date : 2006.07.17 Mon 15:28  未分類| コメント(0)|トラックバック(0)
タバコ
 先月の6月30日。日本中のタバコ屋は、タバコを買い溜めしようとする人たちで溢れ返りました。3年ぶりの『タバコ税の増税』

 全世界で、喫煙者に対する風当たりが、軒並み台風ばりに強くなっている今日。
 日本では、2002年に『路上禁煙条例』が施行されましたが、世界的に見れば、タバコの販売自体を禁止した国もあるほど。このまま行けば、タバコを非合法化する国が出てきてもおかしくない状況です。『タバコ自体が犯罪』となる日も、そう遠くないのかもしれません。

 そんな世界規模の風潮の後押しもあってか、街中からは次々と灰皿や喫煙所が撤去され、飲食店でも喫煙席を設けないところが増えてきている。おまけに、タバコのパッケージには「喫煙は、あなたにとって脳卒中の危険性を高めます」などの注意書きが記載されるようになり、タバコの危険性が、これ見よがしに訴えられています。外国タバコの中には、パッケージにわざわざ『肺ガンになった人の悲惨な末路』の写真を載せているものもあるほどです。

 だが僕は、喫煙者の1人として申し上げたい。
「タバコが体に悪いなんてことは、全部わかってて吸ってんですよッッ!」と。

 喫煙者だってバカじゃない。誰だって、タバコが『百害あって一利なし』ということは、『百も承知』で吸ってるんですよ。
 なのに、非喫煙者がおせっかいにも、わざわざタバコの害を「これでもか!」と言わんばかりにアピールして、 「あなたも健康になりましょうよ」と、暗にささやいているのが、非常にわずらわしい

 「そこまでするなら、いっそ売らなければいーじゃないか!」
 『商品』として売っているクセに、「買わないでください」なんてアピールをしている商品など、書籍の『買ってはいけない』ぐらいしか、僕には思い当たる節がありません

 とまぁこのように、喫煙者はますます世間から煙たがられているわけですが、なぜ喫煙者だけが、こうも肩身の狭い思いをしなければならないのでしょうか。
 非喫煙者の方々は、喫煙者に向かって決まってこう言います。 「周りの人のことを考えろ!」と。だけど非喫煙者の方々は、喫煙者のことを考えてくれたことが、果たしてあるのでしょうか?
 最近の禁煙運動や規制の動きは『ファシズム』だと、よく言われています。僕はそこまでとは言いませんが、確かに「ちょっとこれは、やり過ぎじゃね?」とは思います。
 一方的な禁煙運動のせいで、街中からは灰皿や喫煙所が撤去されていますが、逆にそのせいでポイ捨てが多くなってしまっている
 これじゃあ、まったくの逆効果じゃないですか。街中に灰皿があったときのほうが、ポイ捨ても少なく、街自体もキレイだったように思えます。

 もちろん、人様に迷惑をかけるのはもってのほかだから、喫煙者が分煙や路上禁煙のマナーを守らなければならないのは当然のことです。だけど、きちんとマナーを守って吸う分には、なんら臆することはないはずなんです。
 なのに最近は、どうにも情けない喫煙者が多いように思えます。
 周囲の冷たい視線に怯えながら、隅のほうで小さくなって、こっそりとタバコを吸っている喫煙者の姿を見ると、
「おまえは、学校でこそこそタバコを吸っている高校生か!」と言いたくなる。
 これでは喫煙者という人種は、まるで絶滅寸前に追いやられている、哀れな希少種みたいじゃないですか

 さらに、「いや、我々はね、他の人よりも多く税金払ってるんですから…」というのを、弁明の文句としている喫煙者がいますが、
「ごちゃごちゃ言わずに、黙って吸え!」
と僕は言いたい。
 たかだか20円、30円の増税。世の中には、もっと多くの税金を払っている人だってたくさんいるんです。ケチ臭いこと言ってないで、「好きだから吸ってんだよ!」でいーじゃないですか。さも「自分は社会に貢献してるんです」的なことを、アホ面下げて言わないでいただきたい
 どうせ僕ら喫煙者は、体に悪いことをしてるんです。非難されることはあっても、決して賞賛されるようなことじゃない。だったら大人しく、毅然とした態度でタバコを吸うほうが潔いじゃないですか。


 とにかく、喫煙者も非喫煙者も、もっとよくお互いのことを考えることができれば、より住みやすい環境になると思うんですよね。
 『喫煙者撲滅運動』ではなく、『喫煙者と非喫煙者の共存』を目指すべきだと、僕は思います。
 しかしまぁ、なにを言ったところで、喫煙者にとって厳しい未来が待っているのは、止むを得ない現実なのかもしれません。

 政府が、さらにタバコの値をあげるのが先か、
 喫煙者が、その増税に音をあげるのが先か。

 喫煙者たる者、まずは一服して、
 四の五の言わずに、黙って今後の様子を見守ろうじゃないですか。



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Date : 2006.07.06 Thu 14:57  未分類| コメント(3)|トラックバック(0)
『にわかサッカーファン』と『サポーター』
 世間では『愛国心』に関する議論が注目を集めているが、そんな『愛国心問題』を尻目に、4年に1度だけ、その『愛国心』を爆発させる人たちがいます。『にわかサッカーファン』と呼ばれる人たちである。

 FIFAワールドカップ・ドイツ大会が、いよいよ決勝トーナメントを迎えました。4年に1度という、この世界の祭典のときになると出現する『にわかサッカーファン』。日頃からJリーグや海外リーグで活躍する選手たちを応援している、いわゆる『サポーター』とは違い、ワールドカップのときだけに、なぜか愛国心を爆発させて日本を応援し、盛り上がるというのが特徴です。

 「大してサッカーのことも知らないクセに、ワールドカップのときだけ、はしゃぎやがって!」というイメージが、この『にわかサッカーファン』に対してはありがちですが、
僕は「べつに、にわかサッカーファンでもいいじゃないか!」と思うんです。

 今年行われたWBCのときには、普段はほとんど野球に興味のなかった人たちも、熱心に王ジャパンを応援しました。根っからの野球ファン以外の国民は、あのときはまさに全員が『にわか野球ファン』だったはずなのに、その『にわかファン』の野球に対する注目度の高さは、「野球に興味を持ってくれて嬉しい!」などと、選手からも根っからの野球ファンからも好印象受けました。
 さらに言うと、オリンピックなんてものは、国民のほとんどが『にわかオリンピックファン』と言えるんじゃないでしょうか。オリンピックではさまざまな競技が行われますが、それら全ての競技に精通し、「オレは『にわか』じゃないもんね!」なんて断言できる人間など果たしているのだろうかと、僕は思うんです。

 なのに、なぜサッカーという競技だけが、『にわか禁止』的なイメージがあるのでしょうか
 僕が思うに、それはおそらく『サポーター』という存在があるからです。本来『選手をサポートする人』という意味で、自らを『12番目の選手』と豪語するサポーターたち。
 彼らはいかにも「オレたちサッカー知ってるぜ」的なノリで、『にわかサッカーファン』を見下すきらいがありますが、僕はそのことが非常に気に食わない

 ワールドカップの開催前は、日本代表の期待は高く、サポーターもメディアもみんなが「がんばれニッポン!」といったムードだったのに、日本代表のグループリーグ敗退後は、そのムードはがらりと一変。今度は批判ばかりになりました。
 やれ「ジーコの采配が悪い!」だの、やれ「選手のコンディションが悪かった!」だの。挙句の果てには、「試合時間が日中で、暑かったのが悪かったんだ!」などと、天候のせいにまでする始末。
 テレビでは『日本代表の不甲斐なさ』を検証し、コメンテーターが、さも得意気に「あそこは、あーすべきだったんですよ!」とかなんとか偉そうに言っちゃってますが、だったら「終わってからじゃなくて、試合前に先に言えよ!」と、僕は言いたい。

 たしかに『ジーコ批判』というものは、ジーコ・ジャパン結成時からあったし、ジーコの手腕を問題視する声も少なくなかった。でも日本代表がアジアカップで優勝したときも、ワールドカップ出場を決めたときも、みんな口をそろえて「ジーコ!ジーコ!」って言ってたじゃないですか!?

 ブラジル戦では、ボコボコにされる日本代表の姿に見かねて、試合を最後まで観戦せずに帰ってしまったサポーターもいたといいます。他の11人の選手がピッチで必死に戦っているのに、「途中で逃げ出すとは、なにが12番目の選手だ!」
 これでは選手の一員どころか、サポートすらしていないじゃないですか。
 本来サポートするべきはずのジーコ・ジャパンにはねぎらいの言葉も少なく、批判や文句ばかり。そしてサポーターたちは、もう次のオシム・ジャパンに夢を見ている。
 「オレぁ前から、ジーコじゃなくてオシムのほうが良いと思ってたんだよねー」なんて言ってるサポーターは、いったいなんなんでしょう。
 成長しなければならないのは、監督や選手よりもサポーターのほうなんじゃないでしょうか。


 初戦のオーストラリア戦の敗戦直後、日本各地では一部の心無いサポーターたちが、路上にゴミを投げ飛ばしたり、建物の屋根に上って叫んだりと、大いに暴れてくれました。

 その様子を見て僕は、
「彼らが日本代表じゃなくて、本当に良かった」
と、心から思いました。



※このコラムは、
 サポーターのみなさまの中には、とてもマナーが良く、選手を立派にサポートしてくださっている方も大勢いるということを理解した上で、敢えて書かせていただきました。
 どうぞご了承ください。



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Date : 2006.06.30 Fri 19:23  未分類| コメント(4)|トラックバック(0)
ペット
 「私たちの子供の名前は、ポチです」
 そう言い切る夫婦が、最近増えてきているようだ。べつに、子供に変わった名前をつけるのが流行っているわけではありません。ペットのことを我が子として育てる夫婦が増えているのだそうです。そんな夫婦のことを『わん子夫婦』と呼ぶそうです。

 先日、業務停止問題で話題になった某消費者金融のテレビCMでお馴染みの、あの『チワワ』が火付け役となり、いまは空前のペットブーム
 2003年には、なんとペットの数が、15歳未満の子供の数を越えてしまったという統計も出ているそうです。
 ペット市場は、いまや1億円産業。ペット関連のグッズやサービスも実に多様化しています。例えば、ペットも一緒に入れるカフェや高級マンション。ペット用の衣類はもちろん、ペット用のサロン。おまけに『ペット専用ビール』なるものまであるというのだから驚きです。
 さらに冒頭で紹介した『わん子夫婦』ともなると、ペットにかける食費が自分たちよりも高くペットの誕生日には必ずお誕生日会まで開くそうです。
 ここまでくると、ペットの生活環境、生活レベルというものは、もはや「その辺の一般市民よりもステータスが高いんじゃないか!?」と思えるほどです。

 さて、その『わん子夫婦』が、自分たちの子供として人間よりもペットを選ぶ理由としては、『養育費が人間の子供よりも安く済み、教育費がかからない』などの経済的理由や、『単純にペットが好きだから』『ペットは人間の子供のように文句を言わないし、育てる手間がかからない』などの個人的な理由まで色々とあるようですが、どうにも釈然としない気がします。

 『ペットを飼うことは人間のエゴだ』という意見に対して、ペット好きの方々はよくこう言います。
 「私たちはペットを本当の家族のように愛しています。この子(ペット)も私たちのことが大好きだと言っていますし、私たちなしでは生きられないんです」と。

 だが僕は言いたい。

『この子(ペット)も私たちのことが大好きだと言っています』…?

「ペットって、しゃべらないですよね!?」


『私たちなしでは生きられない』…?

「そんなふうにしちゃったのは人間でしょ!?」と。

 本当にペットは人間のことが大好きで、自ら進んでペットとなっているのでしょうか?
 「ペットになりたいワン!」なんて言っているイヌに、
僕は未だかつて、1度たりとも出会ったことがありません
 仮にペットが、本当に自ら進んでペットとして生きていたとしても、それは人間がそうなるように、イヌやネコを教育(ある意味、洗脳)してしまったからなんじゃないでしょうか?

 ゴールデンの超一流バラエティ番組『トリ○アの泉』で、『散歩中、飼い主が倒れたとき、助けを呼べる雑種のイヌは100匹中…?匹』という検証をしていましたが、結果は無残にも0匹でした。
 検証前は、「ウチの子(イヌ)はねぇ、オレのこと大好きだからね!絶対助けてくれるよ!(笑)」なーんて自信満々だった飼い主も、いざというときなにもしてくれない愛犬の姿を見て、茫然自失としておりました。
 酷いケースだと、
愛犬にオシッコをかけられている飼い主
もいたほどです。
 『ペットたちの本音』というものを聞く術がない僕らには、彼らが起こした行動の真意はわかりません。でも僕たちは、こういうことも『あって当然』だと考えるべきなのではないでしょうか。
 それでも、「いや、あれは違うよ!ウチのペットは絶対に違う!」という方もいるでしょう。たしかにそれはわかります。あれはダメだったほんの一例に過ぎないのかもしれません


 ですが、ペット愛好家の方々には是非1度、こんなふうにも考えていただきたい。


 あなたが、どこか遠くの惑星に行ったとします。
 
 そこでイヌ型の『イヌ星人』と遭遇するとします。
 
 そのイヌ星人はペットを連れて歩いていました。
 
 そのペットは裸で、首輪をさせられていました。

 
 
 そしてそれは、人間そっくりの生物でした…。




どうでしょう…?


「なんか嫌じゃないですか!?」


 要するに、僕が言いたいのはそういうことなんです。
 もしそのイヌ星人が地球にやって来て、『僕たち人間が、彼らと同類であるイヌをペットとして連れ歩いている姿』を見たら、イヌ星人はいったいどんな気持ちになるでしょう。

 僕にはどうしても、その光景を見たイヌ星人の微笑んでいる顔が、想像できないのです。



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Date : 2006.06.20 Tue 13:30  未分類| コメント(2)|トラックバック(0)
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